名古屋高等裁判所金沢支部 平成3年(行コ)1号 判決 1991年10月28日
福井県福井市八重巻中町二七の一五番地
控訴人
細川恒夫
右訴訟代理人弁護士
吉川嘉和
福井県福井市春山一丁目六番五号
被控訴人
福井税務署長 釣谷光春
右指定代理人
佐々木知子
同
長田克示
同
浅井俊延
同
土田栄
同
松本秋景
同
木村亘
同
有沢勇一
同
按田隆重
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求める裁判
1 控訴人
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人が昭和五四年三月七日付で控訴人に対してした青色申告承認取消処分を取り消す。
(三) 被控訴人が昭和五四年三月一二日付で控訴人の昭和五〇年分、同五一年分及び同五二年分の所得についてした各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分(但し、同五〇年分については異議申立に対する決定により、同五一年分及び同五二年分については審査請求に対する裁決によりそれぞれ一部取消後のもの)をいずれも取り消す。
(四) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
二 当事者の主張
当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加する他は、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決二枚目裏八行目の「いずれも棄却」を「昭和五〇年分については過少申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消したものの、同五一年及び同五二年分については棄却」と改め、同三枚目表四行目の「原告の」の次に「昭和五〇年分の所得税にかかる」を、同六行目の「但し」の次に「昭和五〇年分については異議申立に対する決定により一部取消後のもの並びに」を、同裏四行目の「取消処分」の次に「に」をそれぞれ加え、同六枚目表初行「(以下「同業者」という。)」を削除し、同裏三行目の「及び」の次に「昭和六一年三月法律一三号による削除前の」を加え、同一〇枚目裏七行目の「被告」を削除し、同二九枚目表の別紙二の(二)の七の「二、八八三、五九一一」を「二、八八三、五九一」と改める。)であるから、これをここに引用する。
1 控訴人の主張
(一) 憲法違反であることについて
(1) 青色申告承認取消処分は、後記のとおり控訴人の生存権を脅かすものであり、この取消処分については単に帳簿書類の不備などという形式的判断でなされてはならない。右処分は、控訴人の営業実情を無視している。控訴人程度の零細業者が帳簿書類を備え付けできる限度である。右処分により専従者控除がなくなることなどから、控訴人のように、ぎりぎりの生活を余儀なくされている者は、右処分により生活の根底から破壊される恐れがある。右処分は憲法二五条の生存権条項違反として取り消されるべきである。
(2) また、控訴人に対し青色申告承認取消処分をすることは、控訴人と青色申告承認を受けている他の業者との間に、経費率の著しい違いが出てくることなどから不平等をもたらすもので、控訴人に不利である。控訴人が、帳簿書類を備え付けていないからといって、同業者との競争に勝てないような不利益をもたらす右処分は、憲法一四条の平等原則違反である。
(3) 推計による更正処分についても「法律の定めるところにより納税義務を負う。」という憲法八四条の租税法律主義の原則に反し、「法律に定めがない納税」を強制されるものであた、取り消されるべきである。何故なら、推計による更正処分については、所得税法に何らの規定がなく、実務慣行にすぎないものであり、法の許容する限度を超えるものとして取り消されるべきものであるからである。
(二) 青色申告承認取消処分について
青色申告承認取消処分は、帳簿書類の備え付け不備を理由にするにしても、あまりにも大きい不利益を与える。すなわち、専従者控除がなくなり、基礎控除(年額三五万円)のみとなり、この控除額では、生活すらできないことは明らかであり、この不利益は、極めて大きいのである。したがって、帳簿書類の備え付け不備については、一定期間を設けてその是正を求めるべきであるし、かつ、右取消処分をするについては、一定期間経過後も是正されないときは、右取消処分をする旨の事前警告が必要である。
また、右取消処分は、控訴人が青色申告承認を取り消すだけの不当性のある行為をしたという事情があり、右取消処分と控訴人の不当行為との間に均衡が必要である。本件において、控訴人は何もしていないのであって、僅かに、帳簿書類の備え付け不備があるだけである。控訴人と同様の多くの零細業者は、適切に帳簿をつける機会に恵まれていない。これは、当該業者の仕事の忙しさと帳簿知識の不備によるものである。右取消処分は、控訴人の無知を非難し、帳簿書類の備え付け不備などと難癖をつけてなされたものであり、極めて不当である。
(三) 推計の合理性について
被控訴人は、一度、推計やむなしと判断した場合であっても、控訴人が帳簿を見せるという態度に出たときには、それを見るのが合理的であり、より正確な収入認定ができるのであるから、帳簿書類による実額認定に切り換えるべきである。しかし、本件では、被控訴人は、そのような方法を採用していないのであり、この点でまず本件推計は違法である。
(四) 実額反証について
推計による認定の場合において、控訴人が、被控訴人主張の収入はそのまま認め、実額経費のみ主張して争うことは許されない。なぜなら、推計による経費認定でも、その基準、計算が誤っていることは十分あるから、このような場合に、実額経費を主張できないというのは、明らかに納税者である控訴人の立場を無視するものだからである。特に、本件更正処分のように、控訴人の収入を実際よりも過大に認定している場合、控訴人の帳簿書類不備などの理由によりやむなく推計収入を承認したが、せめて経費だけでも主張したいというときには、経費だけでも十分争い得るというべきである。経費と収入と相伴うものだからという理由で、経費のみの実額反証を許さないのは、明らかに誤りである。
2 被控訴人の認否
控訴人の主張はすべて争う。
三 証拠
証拠関係は、原審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないものと判断するところ、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決一九枚目表八行目の次に行を改め、「被控訴人は、昭和五三年九月一八日、控訴人が帳簿書類の提示等に応じてくれないため、やむなく推計課税によることとし、そのための資料を集め、同五四年一月、控訴人の同五〇年ないし五二年の三年分の各所得金額を推計により算定し、税額を出した。しかし、できれば控訴人の協力を得て帳簿による実額により計算したいと考え、伊藤上席調査官らが同五四年一月二三日から数回、控訴人にその協力を求めるために控訴人を訪ねた。長谷川統括官と伊藤上席調査官は、同年二月二日、控訴人を訪ね、控訴人に対し、やむなく推計により所得金額を把握したが、できることなら帳簿により実額を把握したいので帳簿書類を提示して調査に協力してもらえないかと説得したが、控訴人に拒否されたので、同月七日、被控訴人の推計による調査額の結果について説明した。しかし、控訴人は納得せず、その際も帳簿書類を提示し、調査に協力するとの態度を示さなかった。」を加え、同裏二、三行目の「それ自体不自然であるし、」を削除する。
2 同二一枚目表一〇行目の「4(三)」を「四の(一)ないし(三)」と改め、同裏初行「被告」を削除する。
3 同二二枚目裏一〇行目の「他に」から同二三枚目初行の「く、」までを削除する。
4 同二三枚目表三行目の「開示しないこと」の次に「及び同業者を本件訴訟時で変更したこと」を、同末行「主張は、」の次に「右同業者の変更と同様」を、同裏四行目の次に「なお、控訴人は、昭和五〇年分の所得税についての処分は、青色申告によってなされるべきであったと主張するが、被控訴人が控訴人に対し、昭和五四年三月七日付で同五〇年分の所得税にかかる青色申告承認を取消す旨の処分をしたことは当事者間に争いないのであるから、もはや青色申告を前提とする処分は許されないものであり、控訴人の主張は理由がない。」を各加える。
5 同二四枚目裏八、九行目の「所得税法施行規則第五六条一項」の次に「、所得税法施行規則第五六条第二項」を加える。
6 同二五枚目表八行目の「第一五一号証」の次に「(以下いずれも枝番を含む)」を加える。
二 控訴人は、本件青色申告承認取消処分は、控訴人の生存権を脅かすもので、憲法二五条の生存権条項違反であり、また控訴人と他の同業者との不平等をもたらすもので、憲法一四条の平等原則違反であると主張する。
しかし、所得税法は、法の定めるところに従った一定の帳簿書類を備え付け、不動産所得、事業所得等にかかる取引のすべてを正確に記録し、この帳簿書類に基づいてこれらの正確な所得を計算して申告し、納税しようとする納税者が、税務署長の承認を受けたときには、一般の納税者の申告書(白色申告書)とは異なる青色申告書によって確定申告をすることを認め、同申告者には、所得の計算及び申告や納税の手続面等で種々の恩典を認め、これによって、納税者が自ら自己の課税標準及び税額等を正確に計算して申告し、納税するという申告納税制度を育成しようとする反面、納税者において法一五〇条一項各号所定の事由、すなわち、こうした課税庁側の信頼を裏切ったと認められる場合には、青色申告承認の取消しという形で、いったん付与した恩典を剥奪し、白色申告書による申告によるべきものとしている。これらの規定の趣旨に照らせば、青色申告承認取消制度は、納税者側の背信行為の存在を前提として、青色申告者に制裁を課するものであるから、合理的根拠を有するものであり、その行使の結果も一般の白色申告納税者の申告によらせるにすぎない。のみならず、乙五ないし七号証、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和五〇年分の所得税については、青色申告により確定申告しているが、同五二年三月一四日に同五一年分所得税から青色申告書による申告を取り止める届出書を提出し、同五一年分及び同五二年分の各所得税につき、白色申告により確定申告していることが認められるのであって、控訴人において、青色申告を利用できなければ生存権が脅かされる事情があるとまでは認められない。控訴人が身体障害者であることも右結論を左右しない。したがって、被控訴人の控訴人に対する青色申告承認取消処分が憲法一四条或いは二五条に違反するとはいえない。控訴人の右各主張は採用できない。
三 控訴人は、推計による更正処分は、法律に定めがなく、法律に定めるところにより納税義務を負うとの憲法八四条の租税法律主義の原則に反する旨主張するが、推計課税に関する規定は、昭和二五年の法改正により新たに創設されて現行法一五六条に承継されているものであり、法一五五条、一五六条によれば、法は青色申告者が帳簿書類の提示を拒否したときは、青色申告承認を取り消したうえで、白色申告者として推計により更正をなしうることを当然に予定しているというべきである。推計による更正処分は、租税法律主義に反するとはいえない。右主張は理由がない。
四 控訴人は、青色申告承認取消処分は、処分を受ける者に大きな不利益を与えるから、帳簿書類の備え付け不備については、一定期間を設けてその是正を求めるべきであり、かつ、右取消処分をするについては事前警告が必要であると主張する。しかし、右主張は、法令にその規定がなく、帳簿の備え付けが前記のとおり、青色申告承認を受けた者にとって基本的かつ重要な義務であることからして、採用できない。
なお、原審証人伊藤新太郎の証言によると、伊藤上席調査官は、昭和五三年八月一日、高田調査官と二人で控訴人に会いに行き、帳簿書類の提示要求をしたが、控訴人がどうしても応じてくれなかったこと、そこで、それに応じてくれない場合、昭和五〇年分の青色申告承認について帳簿書類の備え付け及び保存がないというふうに見なされ、青色申告承認が取り消されることがある旨説明し、右取消処分の可能性につき事前警告したことが認められる。
また、控訴人は、帳簿書類の備え付けに不備な点があったが、これは忙しさと帳簿知識の不備のせいで、他にも控訴人と同様の零細業者の間では、このような例は多いのであり、控訴人の行為と青色申告承認取消処分との間に均衡がとれておらず、不適法である旨主張する。しかし、青色申告の承認を受けた者が、法一四八条一項に規定されている帳簿書類を備え付けなければならないことは、前記制度の趣旨から導きだされる基本的かつ重要な義務であるところ、前記認定事実(原判決引用)からすると、控訴人は、被控訴人所属職員の再三にわたる要請にもかかわらず、帳簿書類の提示を拒否し続けたものであり、かつ控訴人の帳簿書類は、青色申告の基礎として適合性を有する帳簿書類とはいえないものであるから、控訴人の帳簿書類の備え付け等の義務の不履行は、決して軽微とはいえず、右不履行と被控訴人の控訴人に対する青色申告承認取消処分との間に、均衡がとれていないとはいえない。したがって、控訴人の右主張も理由がない。
五 控訴人は、被控訴人が、一度、推計により認定することをやむをえないと判断した場合であっても、控訴人が帳簿を見せるという態度に出たときには、帳簿による実額認定に切り換えるべきである旨主張する。
しかしながら、推計課税は特別の課税方法ではなく、所得を認識する際の資料ないし方法が、帳簿書類等の直接資料による実額課税とは異なり、それ以外の間接的な資料によるという違いがあるだけで、いずれも最終的に問題となるのは、真実の所得金額がいくらであるかということである。推計課税後、単に納税者が帳簿を見せる態度を示しただけで当初の推計課税が失効するものでも、実額認定に切り換えなければならないものでもない。控訴人の主張は採用できない。
六 控訴人は、推計課税の場合に、経費認定の基準、計算が誤っているとか、控訴人の収入を実際よりも過大に認定しているときには、せめて経費だけについても実額立証をなしうる旨主張する。要するに、控訴人は、一定の要件がある場合に実額反証が許されるべきであるというものである。
しかし、本件では、推計による経費認定の基準、計算に誤りは認められないうえ、控訴人は、被控訴人主張の収入金額を認めているのであって、本件が収入を実際よりも過大に認定しているといえないことは明らかである。前記認定の控訴人の主張及び証拠関係(原判決引用)に照らせば、収入と経費との対応関係に全く言及していない控訴人の経費のみの実額反証は許されない。控訴人の主張は理由がない。
七 よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 横田勝年 裁判官 田中敦)